『ジャパン・アルムナイ・アワード2022』で審査員賞を受賞した中外製薬株式会社のアルムナイ事務局と審査員・岩本隆氏との特別対談をご紹介します。

概要

他社・他業界を経験した異能人財の再雇用を目的としアルムナイ制度を設立。今期は、会社の変化・現況を伝えることを目的に、アルムナイに求人情報を含む中外製薬の最新情報の提供やアルムナイの声に応えキャリア採用担当者との交流イベントを開催。また、アルムナイと社員との交流機会の創出を図った設立2周年記念イベントでは、社内有志団体との共同開催により「キャリア形成」をテーマに外部有識者と人事部長との対談や、アルムナイと社員の対話セッションなど自己啓発の機会も提供、総勢50名が参加した。取り組みの成果として1名の再入社が実現したほか、「在籍時から比較すると全く違う会社に見えるくらい変化している」など、アルムナイならではの視点を得ることが出来た。

評価

アルムナイ事務局と社内有志団体が協力して、社員・アルムナイ双方に中外製薬の”ナカ″と”ソト”を知る機会を提供するなど2年越しの構想を丁寧に実現し、変革・チャレンジを厭わない中外製薬のカルチャーを体現していることを評価。会社のミッションステートメントである「ヘルスケア産業のトップイノベーターを目指す」と連動した取り組みであることも評価し、審査員賞に選出。

対談

中外製薬のナカとソト

岩本:審査員賞おめでとうございます。昨年に引き続き受賞されたベテランですね。アルムナイを「ナカとソトを知る異能人財」として、組織のイノベーションのために活用するという着眼点が中外製薬さんの特徴的なポイントです。事業ポートフォリオの変革を、外部のコンサルタントのみではなくアルムナイと一緒に行おうという日本企業はあまりなく、この点が印象深く選出となりました。

※2021年に準グランプリを受賞された際のインタビューはこちら

黒丸:ありがとうございます。経営課題である「異能人財の獲得」に向けて、会社の外にいる中外製薬の理解者たちをゆるく繋げるイメージを持って、アルムナイネットワークに取り組んでいます。

岩本:今年は設立2周年記念イベントを開催されました。アルムナイと現役社員の交流をされたそうですね。いかがでしたか?

山本(由):「中外製薬のナカとソト」と題し、「キャリア形成」をテーマにイベントを開催しました。アルムナイ・社員合わせて総勢50名弱が参加し、自律的にキャリアを築く上で大切なことについて、さまざまな視点で意見を交わすことができたと思います。

「アルムナイと交流したら、感化されて退職する人がいるのではないか?」と心配の声もありましたが、杞憂でした。「保守的な会社だと思っていたけれど、大きな組織の中で挑戦できる環境であるとアルムナイが教えてくれた」という社員もおり、開催して本当に良かったと思っています。

岩本:リスクがあるかもしれないと思いながらも、一歩踏み出せたことはすごいですね。

アルムナイ制度の導入から現在の運営について

岩本:そもそもアルムナイ制度の導入について、経営陣からの反対はなかったのですか?

山本(秀):当社の場合は比較的理解を得やすかったと思います。アルムナイ制度導入以前から、ライフイベントで退職した方を対象にした「退職者再雇用登録制度」がありました。この制度の変更であったことが大きいです。また経営課題である「異能人財の獲得」にもフィットするので、受け入れてもらうことができました。

山本(由):私たちアルムナイ事務局は社内のキャリア相談員でもあるため、中外製薬は好きだけれどやりたいことが別にあり退社を選ばれる方をたくさん見てきました。会社でもっと活躍していただきたいと思う反面、チャレンジを後押ししたいとジレンマを感じていたので、つながりを持ち続けられることはとても嬉しいです。

岩本:「つながりを持つ退職者は会社側が選びたい」と言う経営者もいるのではないかと思いますが、中外製薬さんではどのようにアルムナイネットワークを運営しているのですか?

山本(秀):アルムナイネットワークへの参加は、システム側で承認制を取っていますが、対象であれば原則全員を受け入れることにしています。再入社を希望される場合には、一般の中途採用と同じ土俵に乗っていただきますが、希望に応じてカジュアル面談を実施することもできます。

山本(由):再入社を希望されるアルムナイの中には、希望する職種がないなどハードルの高さを感じる方もいらっしゃるようです。

人的資本としてのアルムナイ

黒丸:岩本先生に質問です。人的資本の情報開示の中でアルムナイ活用について明記されました。このことについて、解説をいただけますでしょうか。

岩本:国際的ガイドライン「ISO30414」が指標の一つに、タレントプールの有無が開示項目に入りました。これは主に後継者の育成計画の文脈によるもので、有事の際に力になってくれる人財がいるかどうかが大切だということです。ここでいう人財は、企業の内部人財だけではなく、外部人財も含みます。その一例がアルムナイです。

ちなみに外資系企業ではマネジャーのタスクの一つとして後継者育成が明記されていることが多く、誰にバトンを託すかを語れることが求められます。日本ではあまり重視されていないですね。

黒丸:確かにアメリカなどでは突然やってきた人がCEOに就任するケースがありますね。日本ではあまり聞きません。社員からの求心力や安心感を大切にして、会社を知っている人がトップにつき、中長期的視点を持った組織運営を好む傾向にあるように思います。

もう一つお聞かせください。昨今「企業カルチャーを経営のど真ん中に置く」という流れがあります。この面でアルムナイに活躍していただくヒントはありますか?

岩本:人的資本開示基準を作るISBBという機関があるですが、彼らによって「最も大事なのは企業文化である」と発表されました。

ここで指す企業文化について、もう少し詳しく説明します。豊かな企業文化とは、多様な文化を受け入れることのできる組織です。現在日本で語られるダイバーシティは「デモグラフィック・ダイバーシティ」といい、性別・国籍・年齢など目に見える多様性を意味します。これに加え「コグニティブ・ダイバーシティ」、つまりものの見方や考え方、理解の仕方、判断・決断の仕方など認知的な面でも多様であることが必要だと、ISSBは考えているのです。経験、嗜好、など、一人ひとりの違いをインクルードしてくれるカルチャーが、サステナビリティの観点でも重要なのだと解釈しています。

*ISBB:国際サステナビリティ基準審議会(International Sustainability Standards Board)

黒丸:異能人財が持っている力や考え方を損なうことなく受け入れ、多様な人財が活躍する会社は、中外製薬の目指す姿そのものです。

山本(由):当社ではアルムナイに限らず中途入社が増えているのですが、企業カルチャーにフィットしないケースがあります。うまく受け入れていくためにできることはありますか?

岩本:異能人財が違和感なく受け入れられるポイントの一つに、ビロンギング(所属意識)が高い企業文化であることが挙げられます。世界の人的資本経営の中では最も優先順位が高い観点です。中外製薬さんのカルチャーをいち早く理解してもらう取り組みを考えてみるのはいかがでしょうか。異能人財が入社した時に、最初は違和感があっても、スーッと入っていける仕組みがあると良いですね。

山本(由):アルムナイから再入社して活躍している方もいれば、異能人財としての認識を受け入れ側がしっかり持てていなかったため、期待した働き方が叶わず退社されてしまったケースもありました。アルムナイを受け入れる大きな流れはできてきたのですが、部署単位での受け入れについては変わり切れていないところもあり、人事としても細かくフォローできなかったという反省があります。

岩本:企業文化自体も進化させていく必要がありますね。部署単位でできることとして、ラインマネジャーがコグニティブ・インクルーシブなリーダーシップを発揮するための研修を行う企業もあるようです。ファシリテーションスキルなど、人と人を掛け合わせる能力が重要になります。

アルムナイと採用ブランディング

黒丸:その他に、アルムナイに取り組む価値はどのような点にありますか?

岩本:特に影響が大きいのは採用ブランディングだと思います。退職した人が前の会社の悪口を言っていると、意外とボディブローのようにきいてくるものです。アルムナイと企業の関係は、一人ひとりは緩いつながりであったとしても、良い関係を築き、良いクチコミを積み重ねていくことが大切です。採用ブランディングは、間接的に企業ブランドに繋がります。

山本(由):退職する際の最後の印象はとても重要だと考えています。最後に一言「アルムナイネットワークがあるからこれからもよろしくお願いします」と一言添えられるだけで、印象は大きく異なってくるのではないでしょうか。

黒丸:製薬は特に外から見えづらい産業だと思うので、入社に値する良い会社であるとクチコミを広げていきたいですね。

これからの取り組みについて

山本(由):来年取り組みたいことは二つあります。一つ目は、背景や現在の置かれた環境も違う、多様なアルムナイそれぞれにとって居心地の良い場所にしていくこと。二つ目は、アルムナイの皆さんには現在の仕事や生活がある中で、コミュニティでのつながり作りに力を注いでくださる方を増やしていくことです。実はまだリアルで集まったことがないので、リアルイベントなどを通して実現できるといいなと考えています。

山本(秀):遡ると2018、9年にアルムナイネットワークの構想が始まりました。1年ごとの短期的な目標を掲げつつ、長く続けて、生きたネットワークにすることを最終目的にしています。緩やかにつながり、誰もが受け入れられるネットワークであるという点は変えずに取り組みたいですね。

黒丸:立ち上げ当初はアルムナイによる自走をイメージしていましたが「私が率先してコミュニティをリードします!」という方はなかなかいらっしゃらないのが現実です。同じ企業で働いていたとはいえ、当時の所属部署も現在の仕事もバラバラですから、当然かもしれません。

現在アルムナイネットワークで導入したシステムで活発に利用されているのは、実はダイレクトメッセージ機能です。アルムナイ同士が1 on 1のコミュニケーションを取ることのできるプラットフォームとして価値を出せている点は良いと思っています。

山本(由):1 on 1であれば一般的なSNSのメッセージ機能でもできますが、お互い顔が見えるクローズドな世界なので、心理的ハードルが低く使いやすいようです。

岩本:イベント以外ではどのようにユーザー同士の交流を図っていますか?

山本(由):コミュニティサイト内に、気軽に写真を投稿できる「フォトギャラリー」というトークルームがあります。身近なものや誰かに言いたいことを自主的に投稿してくださる方が、少しずつ出てきている状況です。

岩本:人間は本能的につながりを求めますから、その部分を満たすとつながりが加速しそうですね。例えば一案ですが、ジョギングやサイクリングなどの趣味を交えてみるのはいかがでしょうか。出場する大会を決めて、それまでにみんなで練習するとか、ユニフォームを作ってみるとか。

黒丸:楽しそうですね。コミュニティを盛り上げる工夫はまだまだできそうです。ヒントをありがとうございました。