『ジャパン・アルムナイ・アワード2021』で準グランプリを受賞した中外製薬株式会社のアルムナイ事務局と審査員・篠田真貴子氏との特別対談をご紹介します。

概要

企業理念実現のため、他社・他業界を経験した異能人材の再雇用を目的とし、アルムナイ制度を設立。 アルムナイにも価値ある取組とするためニーズ把握を行い、交流を希望する声に応え交流会を行い、中外の現状を知りたい声に応え人事部長が交流会で中外の今後を語るなどを実施。 アルムナイ制度の社内浸透のために、社内イントラ、社内報、アニュアルレポートへの掲載などの発信も実施。 結果、約1年間で再入社者3名を実現したほか、アルムナイから語られた「中外愛」という言葉など、企業資産となりうる多くの気づきを得られた。 今後は、アルムナイネットワークを通じた循環が個人・オフィシャル共に機能するエコシステムとなること、アルムナイにとって中外で働いたことがプライド・頑張りの源泉となること、情熱ある人財をより引き付けられる会社となることを目指す。

評価

会社主導型の事例としてミッションステートメント実現を主目的としながらも、アルムナイニーズにも向き合い取り組んだからこそ実現した成果は、他社の規範となる点を評価。 またアニュアルレポート掲載はISO30414などのESG投資目線を、「中外愛」は企業のエンゲージメントへの貢献を示すなど、再雇用・ビジネス協業以外のアルムナイがもたらす可能性を示した点も評価

対談

社内のキャリア相談員がアルムナイネットワーク事務局員を担当

対談のご様子
中外アルムナイ事務局 山本(ゆ)氏(左上)、黒丸氏(右上)、山本(秀)氏(左下)、審査員篠田氏(右下)

篠田:第1回目のアワードに応募いただいたことに、まずはお礼を申し上げます。おそらく活動を始めた頃は周りに事例もなく、迷いもある中で手探りしながら取り組んできたのではないでしょうか。

特に中外製薬さんは会社として取り組んでいる分、意思決定の際の工夫であったり、アルムナイ制度の位置付けを整理したりと、ご苦労もあったのではと推察します。先をゆく企業として、他の企業への励ましとご経験のおすそ分けをいただくようなイメージでお話を伺っていけるとありがたいです。

山本(ゆ):本当にありがとうございます。記念すべき第1回目のアワードで賞をいただけたことを光栄に思っております。まだ手探りな状況が続いているので、今後はより一層良い活動をしていかなければと、身の引き締まるような思いです。

黒丸:「形はできたけれども、まだまだだな」という中での受賞なので、本当にいただいていいのかなというのが率直な感想です。産みの苦しみの部分は忘れかけていますけど(笑)、今は継続し、発展させていく難しさを感じています。これから先が長いと思いますが、少し先を行く会社として皆さんの参考になれば幸いです。

山本(秀):アルムナイ制度を立ち上げる経緯については、当社の場合は比較的会社からの理解は得やすかったように思います。

中外製薬のアルムナイネットワークの特徴は、企業内のキャリア相談員が事務局員だということ。それはネットワークを立ち上げた要因の一つでもあるのですが、転職をするかどうか悩んでいる社員の相談を受けてきた中で、中外製薬が嫌いで辞める人はいなかったんです。今の部署では希望のキャリアを実現できないから転職をするという人が大多数でした。

私たちはキャリア相談員として中立の立場なので本人の意思を尊重してきましたが、そうやって外に出た方が自分を磨いていけば本人のためにもなりますし、もしも再度中外製薬でチャレンジしたいと思ってくれれば、会社のためにもなる。

そのような発想でアルムナイ制度はスタートしているので、会社を巻き込みやすかったように思います。

山本(ゆ):加えて、当社には以前から「退職者再雇用登録制度」というライフイベントで退職した方を対象にした再入社制度がありました。形骸化していたので刷新が必要だったのと、「異能人材の獲得」という経営課題に対してアプローチをしたので、アルムナイ制度の導入は比較的スムーズにいったのかなと思います。

黒丸:思い返すと、辞めた人を会社として受け入れられるんだろうかという心配はあった気がしますね。

山本(ゆ):最近はキャリア入社の方が増え、異なるカルチャーを持つ方が身近になりましたけど、定年まで働き続けることが当然というカルチャーも残る中、退職した人が戻ってきても大丈夫だろうかという不安は確かにありましたね。

現在再入社してくださった方は3人いますが、長い方でまだ入社1年程度。再入社ならではの悩みもあるのだろうと思いますし、その人たちが本当に力を発揮できているのか、今はコミュニケーションを取りながら様子を見ていこうとしているところです。

「外に出て、中外製薬は人に優しい会社だったと改めてわかった」

篠田:皆さんはキャリア相談員として、中外製薬の社員でありながら中立的な立場です。社員一人一人のベストなゴールを模索するような仕事の仕方をしている印象を受けましたが、それが成立するのはなぜなのでしょう?

山本(秀):キャリア相談室が発足した背景にまで遡るのですが、もともとはBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)によって配置転換された社員のフォロー機関として作られた組織です。

ただ蓋を開けてみたら、想定していた社員からの相談は片手で数えるほどしかなく、ほとんどが自身のキャリアの悩みを相談しに来ていて。想定以上の社員がキャリアの悩みを抱えていることを経営会議で報告し、理解してもらったことで、社員のキャリアをフォローする独立した組織として運営することになりました。

篠田:社員のキャリアは尊重すべきものであって、会社のリソースであるキャリアカウンセラーが焦点を当てるべきは一人一人のキャリアだと、経営の意思が明確にあるということでしょうか?

山本(秀):そうですね。今の社長も「人が大事だ」というメッセージを社員全員に発信していますし、その根っこには、企業として人間性を重視している風土があるように思います。

アルムナイの方からも中外製薬への愛を感じるというか、「外に出て、中外製薬は人に優しい会社だったと改めてわかった」と言ってもらうことは非常に多いです。

山本(ゆ):世話焼きというか、「みんなで協力してやっていこうとする風土がある」というのはアルムナイの方から聞きますね。「外に出たからこそ気づいた中外製薬の良いところ、変なところはたくさんあるから、それをもっと会社が吸い上げればいいのに」とおっしゃっていただくこともあり、そんな協力的なところは中外製薬らしさなのかなと思います。

黒丸:育ててもらったという意識がアルムナイの皆さんは強いように思いますね。たしかに中外製薬は教育に熱心で、マネジャーにさまざまな研修を行い、メンター制度やコーチ制度を運用してきました。アルムナイの皆さんを通じて間接的に、改めて育成は当社が力を注いできた領域なのだなと感じています。

山本(ゆ):正直、アルムナイとつながるメリットのイメージがあまり湧かないまま始めましたが、実際につながってみて発見することは多くありました。会社を辞めた人の声を吸い上げるという目線は私たちにはなかったですし、本当にありがたいですね。また、外で活躍している姿を見ることは、私たちにとっても励みになります。

再入社のみならず、アルムナイが広報部隊の役割も担ってくれている

篠田:日本企業は流動性が低いと言われますが、製薬業界は比較的高いように思います。先ほどおっしゃっていたキャリアに関する経営の指針というのは、そういった雇用環境が背景にあって出てきたものなのか、会社の理念から出てきたものなのか、その辺りはいかがでしょう?

山本(秀):中外製薬は、製薬業界の中では離職率が非常に低い会社です。一方で、入社者は新卒入社よりキャリア入社の方が多くなっています。

キャリア採用に関しては、経営計画に対して必要な人材を採用していますので、キャリア人材にとって魅力的な会社にならなければいけません。新薬を出すといった実績も大事ですが、私たちキャリア相談員は研究者でないので、「人を大事にする会社」という部分で良さを発揮できないかと考えています。

そこでキャリアデザインという視点で、社内だけではなく、社外に出た元社員までを含めて考えると、「そこまでフォローをする会社」という付加価値が生まれます。優秀人材の獲得という意味では、プラスに働く部分もあるかなとは思いますね。

山本(ゆ):実際に運用してみると、アルムナイの方が再入社する以外にも「そういう人材を求めているなら知り合いを紹介するよ」と言ってくださるケースもあります。狭い業界なので、アルムナイの方を通じて「そんなに働きやすい会社なら中外製薬で働いてみたい」と思ってもらえることが重要かなと思います。

黒丸:そのためには会社がいつでもキラキラしていなければいけないから、プレッシャーでもありますね(笑)

篠田:アルムナイが再び戻ってくるケースもあれば、アルムナイが非公式の広報部隊のような役割を担ってくれるわけですね。私も過去に転職をする際は、入社前にその企業のアルムナイの方に直接お話を伺って、オフィシャルな情報からは分からないことを教えていただいていました。

黒丸:会社に身を置いている人の話以上に、第三者になったアルムナイの口から語られる内容はインパクトが大きいですよね。

篠田:求職者からすると、違った種類の情報なんですよね。中の人からは現在のリアルな情報が得られますが、アルムナイからは第三者の視点で、今いる会社と比較しながらフラットに特徴を教えてもらえる。

本日お話を伺って、中外製薬のアルムナイ制度は一貫した営みなのだと感じました。一人一人のキャリアを大切にするという経営の意思があり、キャリア相談室で接点を持った社員の方がアルムナイになり、一方では中途入社が活発になり……と、いくつものピースがそろった中で、アルムナイ制度が選択肢として浮上しやすい流れがあったのかなと。私もとても勉強になりました。

文/天野夏海

対談者プロフィール

中外製薬株式会社
人事部 エンプロイーサポートグループ
黒丸修氏

中外製薬株式会社
人事部 エンプロイーサポートグループ
山本由佳氏

中外製薬株式会社
人事部 エンプロイーサポートグループ
山本秀一氏

審査員
エール株式会社 取締役

篠田真貴子氏